VR感覚(錯触:さっしょく)は、仮想空間でアバターを介して五感をリアルに感じることのできる反面、リアルの自分が薄まってしまい「完全にアバターに自分の感覚が持っていかれる」「自分が自分でない感覚になる」という、統合失調症や解離性障害の危険について書きました。
ここではその対処法について記載します。
容易に催眠変性意識状態に持っていくことができる
VR感覚を開発するための「触っていることを意識させる」という手法は実は「催眠療法」でよく使われます。
「催眠」と聞くと、テレビで見る「催眠術」のいかがわしいショーのイメージがありますが、歴史的には古典的な心理学のアプローチ方法であり、正しく施療に用いれば効果的でもあります。
詳しい説明はここでは省きますが、人は本来アプローチしない方法と別のアプローチ(介入)をされると、脳の神経伝達の一時的な混乱から「変性意識状態」という催眠がかかりやすい状態(被暗示性亢進状態)になります。
五感は脳内でバラバラに記憶されている
感覚を司る「頭頂葉」、視覚を司る「後頭葉」、記憶・聴覚・嗅覚を司る「側頭葉」・・というように、人の脳は視覚・味覚・聴覚・触覚・嗅覚の五感を一度バラバラにして記憶しています。
記憶を引き出すときは、バラバラの記憶を「再統合」「再構築」して再現しているのです。
過去の記憶を再統合させるとき、脳は「海馬」と「扁桃体」と「側頭葉」を主に使います。
「海馬」は「短期記憶の貯蔵庫」です。脳の両側面にある側頭葉という部分の長期記憶を引っ張り出して、前頭前野に認識させる役割があります。
「扁桃体」は、側頭葉の「記憶を大げさに引っ張り出すように海馬に命令を出す」というスピーカーの役割があります。
「海馬」や「扁桃体」等の脳の中枢部分はいずれも「眼球の裏」にあります。
例えば、眠っていて夢を見る時、眼球がピクピク動くと夢を見ます。これは「眼球の裏の海馬に電気信号でアクセスしているから」目が動くのです。だから目を動かす=夢を見ます。
よく古典的な催眠術で、五円玉に糸を通して目の前で揺らすのも、眼球を運動させることで海馬を刺激して半分眠ったような状態、つまり催眠状態にさせようという意図があります。
VRは臨床心理治療で応用できるか?
前述した催眠療法でも、心理療法での認知行動療法(CBT)でも、「認知の方法を変える」という介入方法としては同じです。
なので認知行動療法と同じ手法で介入することができます。
認知行動療法では、悩みや本人の抱える問題、長所などを洗いざらい出した上で治療していきます。
その中で、自分の行動で感じた快感や達成したことを書き出していき、その活動や時間帯を増やしていきます。
ノートなどに書き出して記録していくので「活動記録」と呼ばれます。
何度かカウンセラーのセッションを繰り返すことで、出来事(事実)から、感情や行動に至るまでの気持ちと考えの「自動思考」が客観的に整理されて「認知の歪み」が治療されていきます。
出来事(事実)→自動思考(認知)→感情→行動というプロセスにおいて、「認知」の部分を整理します。
これを情報工学では「評価関数(ブリーフ・システム)の書き換え」とも呼ばれています。
嫌な記憶(トラウマ)を思い出す仕組み
嫌な記憶が何度もフラッシュバックのように蘇り、感情や行動を邪魔して神経衰弱で機能不全にさせるトラウマ(心的外傷後ストレス障害)。
これも認知行動療法と同じ要領で、記憶を出し入れする仕組みを理解すると軽減されます。
前述したように脳の
扁桃体は「記憶を大げさに引っ張り出すように海馬に命令を出す役割」
海馬は「記憶を何度も引っ張り出すことで前頭前野に認識させる役割」
があります。
脳の頭の前にある「前頭前野」は認識を司ります。
この前頭前野の認識パターンというのは、言うならば「人の信念」であり「認知」「評価関数(ブリーフ・システム)」のことです。
前頭前野には眼窩腹側内側部と呼ばれる部分があって、視床下部と直結しています。
「視床下部は自律神経をコントロール」しています。
トラウマ想起は、この前頭前野を傷つけるので、視床下部から自律神経を衰弱させ、
「身体の呼吸や体温調節を司る脳幹」を弱らせて、息が荒くなったり、汗が出たり、息が荒くなったり、震えが止まらなくなったりします。
「思い出すだけでつらい」となります。
トラウマ治療の2つの方法
このようなトラウマの治療法は2つあります。
「慣れる」か「認知を書き換えるか」です。
「慣れる」のは、「苦手だった経験と同じことを何度も体験することで慣れる」ということをします。
例えば「過去に溺れた経験があって水が怖い」という症状であれば、まず顔を洗うところから、足だけ入ってみるところから、腰まで浸かってみるところから・・と少しずつ慣らして「安全である」「嫌ではない」とします。
VRであれば実際に海や川やプールのワールドへ行って疑似体験することで改善される可能性はあります。
他にも「高い場所」「暗い場所」など、カウンセラー的な誰かと一緒に行って慣れることで改善されます。
現実世界(リアル)が心理的に健康で、症状が軽い場合(神経症・不安障害レベル)は効果があります。
VR感覚持ちに「慣れる療法」は逆効果
しかし強い「VR感覚持ち(触錯)」の持ち主でもない限り、VRでは「五感」がリンクしていないので現実世界(リアル)での改善は期待できません。
逆に強い「VR感覚持ち」では、仮想世界のアバターに魂を取られてしまっているので、逆に現実世界(リアル)では改善が見込めません。
すでに「解離性障害」や「統合失調症」のように自己が仮想世界で拡散してしまっている状態で慣れさせる療法をしても「仮想世界の自分が強化される」だけです。
逆を言えば、現実世界に戻ってきたら落差でうつ病のようになります。
このような「慣れる療法」はやらないほうが良いです。
最初から「認知を書き換える療法」でいい
扁桃体→海馬(&側頭葉)→前頭前野というパターンで嫌な記憶が想起しているので、逆に前頭前野からアプローチします。
「認知を書き換える」には前頭前野から介入します。
認知行動療法での「認知の歪み」を正すというのもこの着想から来ています。
前頭前野は、人間の最後に進化して抽象化能力に優れた脳の部分です。
嫌な記憶が蘇るには前頭前野にパターンが作られています。
また脳には「階層性」と呼ばれる「優先順位」のルールがあります。
「新しくできた脳ほど抽象度は高くて階層性は上にある」のです。
階層的に上にある脳は、低位の脳よりも優位になります。
扁桃体と海馬と前頭前野を含めた大脳辺縁系は大脳皮質に属しているので、前頭前野のほうが扁桃体や海馬よりも優位になるのです。
つまりこの脳の仕組みを利用して扁桃体を鈍感にすれば、症状は緩和されます。
例えば、現実世界(リアル)であれば、
ヘビが苦手な人がいて、道端にヘビがいると思って、よく見たらロープだったので安心したというような出来事が、前頭前野を優位にした事例です。
ヘビとロープの認知の区別を抽象的にしています。
もし「慣れさせる療法」だと何度もヘビを触ることになります。
しかし「認知を書き換える療法」なら前頭前野から大脳辺縁系の情報処理への介入して気付かせるので介入が楽なのです。
ではVR上ではどうやって治療するかと言うと、
現実世界(リアル)で共通していることを拡張させれば良いのです。
つまり現実世界(リアル)と仮想現実(VR)を「同期」させます。
仮想世界でその部分だけを「VR感覚持ち」にさせて、現実世界へ持ち帰らせればいいのです。
仮想世界とリアルが共通している唯一のこと
仮想世界とリアルが共通していることがたった一つだけあります。
それが「呼吸」です。
今後、どれだけVR/MR/ARが発達しようとも「呼吸」を仮想世界に管理されているという状況は出てこないです。
触覚、味覚、視覚、聴覚、嗅覚の五感は、仮想世界で再現されてきます。
今のようにヘッドディスプレイとイアホンの視覚や聴覚だけでなく、同じように触れた感覚があり、同じように味覚や嗅覚を感じる機能も実装されてきます
しかし同じように「呼吸」するという機能は実装されません。
なぜなら別に仮想世界にいかなくても、現実世界で自発的に呼吸できているからです。
わざわざ呼吸まで味わう必要がないからです。
五感からの介入の方法を変えることで「認知の歪み」を治療していきます。
この方法についてはまた次回記載します。