VRをやっていて

「VR感覚(ファントムセンス)」

という言葉を聞きました。

要するにVRは仮想現実なのに、

「VRで実際の五感の感覚を感じるという現象」

のことです。これがある人は

「感覚持ち」

と呼ばれています。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

それは「触覚から親密な関係になる」ということが関係しています。


なぜVRでは親密な関係になれるのか?

VR空間ではアバターを使用してコミュニケーションを取っています。

その中で気軽に頭をなでたり、なでられたりします。

発達心理学で「タッチング」と呼ばれる行為です。

人はタッチングされると「触れられた人に親近感」を覚えます。

なぜかというと元は母親が赤ちゃんに触れ合う(タッチングする)ことで愛着の根底が形成されているからです。
(逆にいうと、このタッチングに過度の拒否反応がある人は、乳幼児期の愛着形成に支障があったことが考えられます。)

リアルでは安易に他者に触れれば場合によってはセクハラになってしまいます。リアルは社会規範が前提となっているからです。

しかしVR上では男女問わず、気軽に挨拶代わりにタッチングが行われているので、友人関係がスムーズかつ親密に形成されます。

日本人では少ないですが、欧米で、挨拶代わりに握手したり、ハグしたり、キスしたりする身体的な行為を通して親密になろうとするのと同じです。

現実世界(リアル)で刺激が伝わる解剖学的な仕組み

現実世界(リアル)での刺激が伝わる仕組みをまず知っておきましょう。

例えば、指でボールに触れたとします。
まず指の表皮のマイスナー小体で刺激を感知して、メルケル細胞で圧巻を検知します。
そして指先という末梢から神経を伝達して、手を通り、腕を通り、肩を通り、背中の脊髄を通して、脳の視床下部を通って、頭のてっぺんのやや後方にある大脳皮質の「頭頂葉」の体性感覚野に送られて処理されます。
感覚を司る「頭頂葉」は、視覚を司る「後頭葉」や、記憶を司る「側頭葉」と連絡して、「指先にボールが触れた」と認識します。
目の前に見える「丸いもの」という視覚、過去にも触った「ボール」という記憶を統合させて、「指先にボールが触れた」と認識しているのです。

現実世界(リアル)では、抹消→脊髄・中枢神経→視床下部→頭頂葉(感覚)→後頭葉(視覚)・側頭葉(記憶)等と皮膚から脳へ感覚が上がっていきます。


VR空間におけるVR感覚(ファントムセンス)

さてこの

「VR感覚(ファントムセンス)」「VRで実際の五感の感覚を感じるという現象」

について解説します。

正確に学術用語では

「錯触(さっしょく)(tactile illusion:タッチ・イリュージョン)」

と呼びます。

なぜVRで錯触が起こるかと言うと「視覚」が大きな原因です。

VRではヘッドセットと呼ばれるゴーグルを使用します。これで視覚を完全に仮想現実へ移行させています。

その上で、VR仮想空間でなでられる等の「タッチング」が行われます。しかしリアルの実際には触られてはいません。

なぜ実際には触れられていないのに触れられている感覚があるかと言うと、

人の脳は圧倒的に「視覚野」を優位に処理していくからです。

目で見た「視覚」を処理するのは脳のうしろの「後頭葉」と呼ばれる部分で行います。脳の部位の中でも圧倒的に大きいです。

例えば、「レモンを想像してみてください」といえば、想像で黄色の酸っぱそうなレモンが思い描けると思います。
そのとき、同時に「唾液(よだれ)」が口の中に自然と出てきます。「酸っぱい味の感覚」まであるかもしれません。

これと同じで「視覚」の情報は、「実際に見ていなくても体性感覚」として処理されます。

例えば、映画やドラマを見ていて、人が殴られるシーンを見て「痛い」と感じて目をしかめたり、真夏で暑そうな映像を見て「暑い」と自分の体温まで上がったりします。
これも「視覚」の情報を通じて、「実際に体験していなくても体性感覚」として処理されています。

現実世界(リアル)では、抹消→脊髄・中枢神経→視床下部→頭頂葉(感覚)→後頭葉(視覚)・側頭葉(記憶)等
と皮膚から脳へ感覚が上がっていきましたが、

仮想現実(VR)では、別に抹消を通さなくても、後頭葉(視覚)→頭頂葉(感覚)・側頭葉(記憶)等
と脳が先に処理されるのです。

VR感覚は開発・拡張できる

この仮想現実(VR)における感覚(錯触)は開発・拡張することができます。

具体的にどうするかと言うと「触っていることを意識させる」ことです。

VRでの感覚は圧倒的に「視覚」の情報によって補われています。
逆に目をつぶった状態であれば、何をされているのか分からないでしょう。

例えば、私がVR空間で両手を上げて「バンザイ」の姿勢を取っていたことがありました。
その時、後ろから他の人(アバター)が私のアバターの脇腹をくすぐっていたようです。
私はそのことに気付きませんでした。
しかし別の他人(アバター)が「うしろからくすぐられてますよ」と指摘されて、私は急にくすぐったくなりました。

これと同じで「触っていることを意識させれば、VR感覚を開発することができます。」

意識しなければ気付かないことを「非注意性盲目」と言います。
なら逆に気付かせてあげればいいのです。

相手が目に見えている視覚をイメージしながら「いま○○に触れていますよ」とあえて言葉に出しながら触ったり、
相手の顔の前にわざと手が映るようにして「触っていることをあえて見せる」ことで意識させる、ということができます。


まとめ ~アバターに魂を奪われる~

「VR感覚をもちたい!」「アバターと一心同体になりたい!」という人もいる一方で、
元から持っている人の中には「好きで持っているわけではない」という繊細な方もいらっしゃるようです。

なので面白がってVR感覚を刺激して、あらぬ対人トラブルを起こすことも多々あるので注意が必要です。

VR感覚を持つ(持っている)こと自体は悪いことではないです。

それだけ繊細に物事を感じ取ることのできる能力として開発されているからです。

ただ進行した場合の懸念として、「完全にアバターに自分の感覚が持っていかれる」という状態が考えられます。

これは優れた俳優などの役者に多いのですが「役に入り込みすぎて戻ってこれなくなる。自分が分からなくなる。」という症状です。

これは昔で言う「精神分裂病」。
今で言う「統合失調症」や「解離性同一性障害」と呼ばれる症状です。

自分がその役(アバター)と一心同体になれるからこそ、優れたムーブを演じることができるのは最大の長所なのですが、
同時に自分を保たないと、外に自己が拡散してしまって、リアルでの自分が誰だか分からなくなります。

この対処法に関してはまた次回、記載します。

参考サイト
ベルベット錯触の神経基盤
http://www.nakayama-zaidan.or.jp/report/h26/h26-B-04.pdf
“感じる脳”のメカニズムを解明-皮膚感覚を司る神経回路の発見-
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150522_1/