なぜ介護される人は家族に対して上から目線になるのか?

心理学・精神医学

介護の場面で、
「お前は一人では何もできない」
「私がお前の面倒を見てやってるんだ」
「すべて私一人でやっている」

という言葉を聞いたらどう思うでしょうか?

「介護する人はなんて上から目線なんだろう」と思うかもしれません。

しかし実はこれらの言葉は「介護される人」から言われた言葉です。

不思議ですよね。

介護される側の本人は寝たきりで、手足も動かず、食事も移動も排泄も風呂も介護者にやってもらっています。
しかし介護してくれている人に対して出てくる言葉が、
「お前は一人では何もできない」
「私がお前の面倒を見てやってるんだ」
「すべて私一人でやっている」

なのです。

買い物や病院へ行く時も「行きたい」と言われて、車椅子で連れて行こうとすると
「なんだお前も行くのか?」「しょうがない。よし着いてきてもいいぞ。」
と言うのです。

私は10代から祖父、祖母、父の三人の障がい者を介護してきました。
そして全く同じ言葉を聞きました。

なぜか?

この行動の興味深いのは、

家族に対してのみ奇妙な上から目線の態度になるのに、他人に対してはやらないということです。

実際、私が病院で働いてから現場の患者さん(他人)では見たことがありませんでした。

なぜ介護される人は家族に対してのみ上から目線になるのか?

介護される人は、手や足が使えない、動けない、記憶が消える、間違える・・毎日、自分に対する無力感を抱えています。
「そんなはずはない!」と自分の間違いを見なかったことにします。

そしてそれを他人のせいにします。
社会や職場の人のせいにすることはできないので、家族のせいにするのです。

自分ができないことにも関わらず家族の介護者に対して

「お前は一人では何もできない」
「私がお前の面倒を見てやってるんだ」
「すべて私一人でやっている」

と本来は「すべて自分に当てはまること」を言うのです。

これを投影同一視といいます。

「自分の悪い側面」を他人のせいにするのです。

人は自信がなくなると性格が分裂して「悪い自分は他人のせい」とやるのです。

そして世間体には「すべて私一人でやっています」と大ウソをついて「大丈夫です」と「良い自分」をアピールしようとします。

根拠がないのに他人を見下すことを、心理学では「仮想的有能感」(根拠に基づかない有能感、見下しの他者軽視の心)と言います。

自分の自信を、自分を上げるのではなく、他人を下げることで、補おうとするのです。
しかし実際は自分は上げてないので、補えないのです。

介護は「介護者が楽すること」を最優先で目指したほうが良い

介護とは「いかに介護する人が楽をするか」を最優先で目指したほうが良いです。

自分に余裕のない人は、相手にも福祉を与えることは出来ないからです。

そのためにできるだけ本人が一人でできるように在宅の環境を考えることが重要です。

介護をしていると、介護されている側は段々とわがままで傲慢になっていきます。

介護されている側(被介護者)は両手に荷物をいっぱい抱えている状態。
介護する人(介護者)も両手に荷物をいっぱい抱えている状態では、助け合う余裕はありません。

被介護者は荷物を下ろす余裕はなくても、介護する側は限りなく少なくすることはできます。
そして被介護者にも、荷物を運べるカートや台を渡してあげて負担を軽くすれば良いのです。

「介護される張本人が、できるだけ自分一人で何とかできるように環境を整えること」が大切です。

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