アンチは戒名をつけて共同墓地に埋葬するイメージを持つと良い~批判にはどう対応するか?~

心理学・精神医学

どうしても人が多くなってくると、反対意見を言うアンチという人は必ず出てきます。

直接に言いに来る人、影でコソコソ言う人を含めても全体の1%以下ということは、調べなくても統計的に分かっています。

実際は本当に少ないのです。

それでもSNSやブログをやっていると、人間なのでどうしても気になってしまうのではないでしょうか?

私の対処法を教えます。

閲覧者が多くなるとアンチを捕捉できなくなる

例えば私は、
Facebookのフレンドが約5000人、Twitterが約3000人
1つのホームページで月に5~10万人 PV(2020年5月現在)
あります。

まだまだ、大したことのない存在です。
上を見るときりがありませんが、もっと頑張っている人達はすごいです。

これは経験則ですが、閲覧者やフレンドが1000人を超えた辺りからアンチが出始めます。
私は昔も気になっていたのですが、今では気にしていません。

それは遅かれ早かれ「気にしたら負け」という段階になるからです。

読者の方が多すぎて、捕捉できなくなるからです。

例えるなら、コンサート会場で人が多すぎる中で、寝ている人がいても、野次を飛ばす人がいても、舞台の上の人は気にならないでしょう、それと同じです。

逆を言えば、それを気にしていたらコンサートの舞台には立てません。

最初から「立っているつもり」になることが大切です。

「意見を聞けない人は、損をすればいい」という割り切り

これも私自身の「割り切り方」ですが、

「意見を聞けない人は、損をすればいい」のです。

私自身は得をする情報を常に出しています。
もし否定するのであれば、そういう人は勝手に損をしてくれればいいと思います。

「火事だから逃げなさい」「食料難になるから備蓄しなさい」と言っても聞けないようであれば、そんな人は転んで痛い目を見れば良いのです。
当人の人間不信の問題なので、関係のない話です。

それくらいシビアで冷酷に見れいばいいです。

しかし求められたときには助けられるようにしておくことが慈悲です。

私にとってどうでもいい人が、どうでもいいこと言うのを気にする必要はない

これも私自身の「割り切り方」ですが、自分より有名ではない人の意見は聞きません。
意見が多数になったら改めますが、そうでない限りは聞く必要がないです。
「コンサート会場の野次」と同じです。

例えば、どこかあなたの知らないところで自分が晒されて中傷されていようが、

「私にとってどうでもいい人が、どうでもいいこと言うのを気にする必要がどこにあるのでしょうか?」

このように自問自答すると良いです。

あなたがあなたより価値の低い人のことを気にする必要など全くありません。
あなたより価値が低いのですから、あなたより価値あることを言っているわけがありません。

名誉毀損や人権侵害等に抵触したら訴えてあげれば良いのです。

アンチに戒名をつけて共同墓地に埋葬してみた

私は寺院や病院で、様々な生き方の人を見てきました。
老いて天寿を全うした人、唐突な事故や病気で死んだ人、愛する家族をなくして死んだ人・・
しかし誰もが死んで悲しまれるわけではありません。
生きていた頃にやっていたことが悪行すぎて、その人の死後に遺族が万歳三唱するケースもあります。

どんな人も死は平等です。
その人がなくなった時、仏教では「戒名(かいみょう)」と言って、生前にどんなことをしていた人なのか?を表す名前をつけます。

戒名は「〇〇居士(こじ:男性の場合)」「◯◯大姉(だいし:女性の場合)」という名称でつけます。

もしあなたことを批判的に言う人がいたら
「(あなた名前)うらみ居士・大姉」という法名をつけてあげましょう。
その人は「生前あなたのことを怨み続けた人だったのよ」と子孫代々語り継がれるのです。

そうやって死後もなお宣伝してくれることを期待しながら供養するのです。

死後に「時田憲一中傷居士」という戒名をつけられて「あぁこの人は生前は時田憲一を中傷することに全力を投じた浅ましい人だったのよ」と周囲に言われるのです。

そんな姿を想像すると「あぁ浅ましい人だ、無明である。いつか気付くといいな。」と合掌して供養したくなります。

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