ナイチンゲールは、親族が全員キリスト教プロテスタントのユニテリアン派でした。

彼女は自分も自然科学研究してるくせに「私はカトリックだ」と言いながら、赤十字のカルヴァン派のアンリ・デュナンを嫌ったのです。

最近、私はそんなナイチンゲールに親近感を覚えるようになりました。

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赤十字社の創始者のアンリ・デュナン(スイス人の男性)はキリスト教プロテスタントのカルヴァン派。
看護師の創始者のナイチンゲール(イギリス人の女性)はキリスト教プロテスタントのユニテリアン派。

特にナイチンゲールの親族はユニテリアンばかりでした。
ナイチンゲールはこのユニテリアンの家系に反して、わざとらしくも「私はカトリックだ」公表してたわけです。
実際に赤十字デュナンのことも好きじゃなかったのです。

産業革命→クリミア戦争からこの対立が出てきます。

露骨にナイチンゲールが嫌ってたのは「真理」が、「啓示」か「理性」か、という対立でした。

最近は、看護師の業務範囲を広げて特定看護師として新たな医療の担い手にしようとする動きがあります。

「看護師とは病院の医師の下の指示で働くんだ」というイメージを日本では持っています。

しかし元々看護師は、ナイチンゲールの時代から医師に遣えるのではなく、自宅拠点や訪問看護を中心として独立的に働いてたのが普通です。

本来の看護師はフリーランス。
つまり必ずしも医師に従属することなく、自宅や療養所をベースに一人につき幾らという形式で雇用していました。
これで病院から離れていてもカバーすることができたのです。

日本の男尊女卑の規制と風潮のせいで今までが厳しくなりすぎだったのです。

クリミア戦争の時に看護師は生まれました、今もクリミア戦争やってる時に特定看護師が出来る因果を感じます。

イギリスの訓練の場が病院であり、アメリカでは大学や医学校が中心、後者では education for excellence を、前者では最低限を教えるという性格でした。

今で言うと訪問看護事業になりますが、そもそも看護師が不足しているので間に合っていません。

現状、かつての総合病院は、7床1人が無理なら地域医療支援病院にされ、「~保険病院」も独立行政法人の地域医療機能推進機構(JCHO、ジェイコー病院)されて訪問中心の地域医療に移行されています。

ある意味、ナイチンゲールの生きたイギリスのような本来の医療体制ですが、こうなると価格競争が起こるのです。

(参考論文リンク)
ナイチンゲール教育思想の源流 – 広島県大学共同リポジトリ
F.ナイチンゲールの近代看護の確立 – 日本赤十字九州国際看護大学
看護の歴史 (Christopher Maggs) http://t.co/vZ7sFLsiQs