なぜホワイト社会は内集団で共食いし始めるのか

昨晩、VRで理系集会の話。リテラシーとコンプライアンスを守りながら情報発信することの難しさを知りました。

ちょうど前記事でホワイト社会の話をしていたのでタイムリーでした。

前記事
ホワイト社会を生き抜く方法

このようなホワイト社会では内集団での共食いが起こります。

要するに学校でのいじめの構造、会社でのいじめの構造と同じです。

ネット上で活動したいがホワイト社会のSNSコミニュティがそれを許さない

ブロックとミュートで自分の周りを囲い込んでキレイキレイしようとするホワイト化社会と、
ケガレ思想認定してナイナイにする空気を作る日本人の集団心理が相性が良すぎるのです。

問題はそこからイノベーションしようとすると「空気読め」「けしからんじゃないか」と、「事なかれ主義」と「出る杭は打たれる」で内集団に潰されること。

自身の生産性の時間捻出のために会社に属しながら守破離してイノベーションする過程で、所属先の衝突が起こり迷惑かかります。

逆に自然に目立って身バレも早くSNSで開き直ってエンターテイナーになる自然帰結するのです。

平たく書くと、
→なにか遊びがイノベーションある活動に結びつく
→当然自分の専門ジャンルでやる
→新しいことなので目立つ
→会社にバレてコンプライアンスだのガバナンスだのリテラシーだの、独法さんみたいに「けしからんじゃないか」される
→完全匿名すると信用されず機会も逃し、名前だすとけしからんされる
→※個人的見解であり、所属する組織とは関係ありません。
→SNSで開き直ってエンターテイメント的な個人活動しかなくなる

エンターテイメント要素に片足だけ突っ込む必要性

「あいつ何考えてるかわからんよな」「あいつならやらかしそう」と笑って許せる感じに相手に印象付けることが距離おいた良い補助線ラインになります。

例えば、コロナから私もそれまで医療職のことは黙っていたが、情報発信の際に必要なので明かした。ただ逆に心理研究していた時の話が大学を巻き込むのでしにくくなりました。

そして内部情報は話せないので、政治や経済の話に一般化・社会化・抽象化して伝えるしかなくなりました。

いずれは活動していると目立ってしまう

こと技術においてユーザーが便利に使って得をするのが第一であって、
誰が作ったかなんてことは気にすることなく死ぬほどどうでもいいのが、悲しい現実です。

ただ新規的で先駆的なことをすると自然に誰が作ったかが目立ってしまい、隠せなくなるのでエンターテイナーになって生きるしかなくなるのです。

ゲーム理論で人間関係を無双する方法~自然淘汰を逆利用しよう~

タイトルとURLをコピーしました