境界知能の話で、ふと最近は20年以上前のように知的障がい福祉に熱意ある人が少なくなった気がすると思った。いくつか原因を列挙する。

・世代が退職した時間的な経過
・知的障がいで家庭や学校での座敷牢や体罰虐待の生活歴という、今と比べれば悲惨で深刻すぎる事例が減り、制度上で少なからず養護保護されるようになった
・施設入所する利用者が知的障がい=ほとんど自閉症になった。

・昔のように発達障害も精神障害もすべて知的障がいに診断(誤診)する暴力的なことがなくなった
・言語遅延の有無での高度やアスペルガー(ASD)や発達障害(ADHD/LD)が区別され、統合失調症やうつ病も区別され、施設隔離しなくても治療可能になった

・つまり「この人は知的障がいと診断されてるけど、そうではないんです」と誤診によるレッテルと社会との摩擦と戦う機会が少なくなった

知的障がい者支援施設の入所が自閉症がほとんど

知的障がい者支援施設の入居が自閉症がほとんどで
昔のように知的障がいと診断を受けながら、実際は発達障害だったり精神障害だったりしたために(今で言えば誤診)カオスとなり、社会との誤解を解くため人権擁護する機会が減った。
医療行為が必要な重症心身障害であれば医療施設で支援施設で入所ない


自閉症化する知的障害者施設、認知症高齢化する精神病院

この現象と反比例するように、精神病院が行き場のない認知症高齢者の収容施設になってしまった。
新規の長期化がなくなった分、昔からの精神病者が認知症高齢者となり医療行為が必要になった。また本当は認知症なんだけど、あえて精神疾患の診断をつけて精神病院で認知症高齢者を回している傾向。

心理学の潮流が、発達障害からトラウマ複雑性PTSDに移った

20年前まで発達障害なのに知的障がいとして乱発的に誤診されていたように、
それ以降の20年で発達障害が乱発され、今では「この人は本当に発達障害なんだろうか?」と、その上に乗っかってるうつ病や統合失調症の精神疾患を見て
実は単にトラウマを植え付けられた愛着障害なのではないかと次世代。


心理学の潮流が、発達障害からトラウマ複雑性PTSDに移ったように、時代の流れで治療可能な疾患の人は薬物療法で薄められて社会に投げ出される。
一方で日本の社会支援制度がザルなので、結果「最貧困女子」のような形で路頭に迷う。

ロボトミー以降に脳に直接アクセスする精神「外科」がアウトになって、精神は内科の薬物療法で何とかしようとなり、脳神経外科の領域が開拓してきた。一方で脳の構造が分かってきて、精神外科の需要が復活。ただしサル実験さえ倫理的なハードルが高すぎて欧米ではやれず中国でやってる。

境界例も発達障害もトラウマ複雑性PTSDも10年単位の適当なブームとかではなく薬物療法で対応できるようになった順。
アメリカからのムーブメント。10年遅れする日本がまだ追いついてないだけ。
薬物療法で何とかなるところより、より根源的な解決に向かってる。