「君の名は」と「聲の形」比較考察まとめ~父子家庭と母子家庭の思春期葛藤~

心理学・精神医学

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映画「聲の形(こえのかたち)」を視聴した。
シンゴジラから始まり、君の名は、聲の形と、連続して見て行った。

「君の名は」に関しては前回語ったので、今回は「聲の形」を中心に合わせて考証していきたい。

「聲の形」では、聴覚障害者の女子高生と、コミュニケーション障害の男子高生の恋愛を描くストーリーである。

私の地元に馴染みある岐阜県大垣市の風景がキレイだった。
「君の名は」よりも感動できる内容になっている。

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母子家庭の「聲の形」と、父子家庭の「君の名は」


聲の形 は岐阜県大垣市(美濃地方)。
君の名は は岐阜県高山市(飛騨地方)。

岐阜県の北の地方と南の地方である。

気付いた人は少ないと思うが、この2つの作品は、舞台が偶然そろっただけでなく、

内容まで見事に構造が対照的になっている。

簡単にまとめると

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聲の形は、主人公とヒロインが母子家庭=消極的性格=日常系リアリティ=静的な背景美術=岐阜県大垣市(美濃地方)。

君の名は、主人公とヒロインが父子家庭=積極的性格=セカイ系SFラブコメ=動的な背景美術=岐阜県高山市(飛騨地方)。

父親のいない「聲の形」と、母親のいない「君の名は。」

聲の形 は 母子家庭。

君の名は は父子家庭。

なので聲の形には「登校拒否」「引きこもり」という学童期のイベントが出てくる。

心理学的に、
父親の不在により父性性が抜けると未来志向の理想型が抜ける傾向がある。
つまり母性性の共感型になるので、「優しいが泣き虫で心配性」の傾向が強く出る。
聲の形はその辺りまでリアルである。

君の名は は父子家庭のため、母性性を補うために主人公とヒロインで人格交換して最後に統合させた。

聲の形 は母子家庭のため父性性を補うために主人公とヒロインで友達(社会性・社交性)を広げて、
最後に「目」の見えない主人公と「耳」の聞こえないヒロインで相互補完して統合させた。

君の名は も 聲の形 も何も心理的構造背景を考えずに見ると「ふーんキレイな背景でハッピーエンドで良かったね。」と小学生並みの乾いた感想しか残らないので、ぼーっと見ると危険な作品である。

偶然にしては見事に「陰と陽」で対照的な構造で作られている。

共通して「断髪シーン」があるのはなぜか

聲の形 も 君の名は も同じように女性の断髪シーンがあったので驚いた。

古来より出家、文学でも決意表明的・新たな旅立ち・過去との決定(けつじょう)など効果的な表現として使われる。

シーンの移り変わりの暗喩として出てくるので、その前には「浄化」(ゲームで言うところのシナリオコンプリートだ)が行われている。

聲の形はかなり深読みしないと分からない演出が山ほどある。

花言葉での裏の展開もさることながら、例えば、おばあちゃんの葬式後に蝶が出てきて遺族を一人ずつ回るが、あれは「おばあちゃんの魂」である。古代ギリシア語で心・魂・蝶はPsȳchē(プシューケー)と同じ意味として用いられた。

君の名は のヒロインは父子家庭でおばあちゃん子の姉妹。
おばあちゃんが母親役割。代わりにヒロインが父親役割を背負わされている。

聲の形 のヒロインは母子家庭でおばあちゃん子の姉妹。
おばあちゃんが母親役割。代わりに実の母親が厳格で父親役割を背負わされている。

なので、君の名はではヒロインが断髪し、聲の形ではヒロインの母親が断髪することになる。

下世話なことを言えば、
君の名は の宮水三葉の恋人は #聲の形 の石田将也が合ってると思うし、
聲の形 の西宮硝子の恋人は #君の名は の立花瀧が合っているのである。

そういえばヒロインの「宮」の字も共通している。

君の名は は感動は少ないが美術とストーリーが深い。2回目見ようと思える。
聲の形 はストーリーは浅いが感動は多いし演出と美術は深い。2回目見ようとは(いじめシーンで心理的苦痛を伴うので)思わない。

しかし見事に岐阜県の飛騨地方と美濃地方で、内容まで対象的に地元を描いてくれてよかった。

君の名は でも 聲の形 でもメイン登場人物やった悠木碧(まどマギのまどか)は、もう岐阜県に引っ越した方がいいと思う。

聲の形の聖地

聲の形で確認できた聖地は、大垣市と大垣駅と周辺、大垣城の大垣公園、養老鉄道、養老公園天命反転地、養老の滝、JR岐阜駅バスロータリー(7番乗り場辺り)、大垣市民病院、ナガシマスパーランド。

ナガシマスパーランドのホワイトサイクロンをCGで再現したのは頑張ったと思う。
大垣市や養老町以外にも岐阜駅も行ってくれたのでよかった。

背景設定と内容

聲の形は松竹配給でスポンサーがみずほ銀行にソフトバンクにニコンに名鉄JRと大手が多い。さすが文科省推奨アニメだ。

ただ大垣市なのに岐阜美濃弁ではない。
地元住人の私としてはそこが残念である。
欲を言えば、君の名はのように最後までコテコテの岐阜飛騨弁(高山弁)で通してほしかった。

コミュニケーション障害と聴覚障害者といじめがテーマなので仕方ないが。

聲の形の設定として、残念ながら岐阜にあんなにみずほ銀行はない。
大垣市なら本社のある大垣共立銀行である。
岐阜駅前(みずほ銀行岐阜支店前)で女子高生(いじめっ子の上野)が猫カフェの呼び込みしてるのは金津園かと思って妙なリアルさを感じた。

聲の形は「アニメ6話分を一気見したような長編」に近い。

映画にしたのは展開に連続性があるから。

24時間テレビのように聴覚障害者のお涙頂戴系かと思いきや、そちらにはあまりコミットせず、
「コミュニケーションのリアリティ」を表現していた。

背景もきれいだが、それ以上にカットの演出がうますぎる。

「障害者の娘だけど健常者と同じように育てる!」と厳しく意気がってるのはヒロインの聴覚障害者の下賤な母親だけで、
嫌な役割はこの母親が担っている。

幼少期・学童期の体験から、聴覚を物理的に封じられた女性と、視覚を精神的に封じられた男性のコミュニケーションを通じた成長を対照的に描いている。

聲の形は 「蟹の形」で検索され間違えるが、本当に登場人物が蟹(カニ)のTシャツ来てたのがじわじわきた。

聲の形に見るいじめの構造

内藤朝雄 の いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

はっきりいえば 聲の形 の原作の原作はこれだと思う。
読んでから見たほうがリアリティが増す。

いじめは少数の加害者と、多数の傍観者(准加害者)、少数の被害者によって成り立つ。
ドラえもんだとジャイアンという加害者、スネ夫・しずかという傍観者(准加害者)、のび太という被害者である。

これによってパワーバランスを保とうとするが、聲の形の主人公・石田がそうであったように、いじめっ子に周っていても少数派に周ってしまうと今度はいじめられっ子側に周ってしまうのである。
なので多数派の傍観者という中間の不安な安全地帯がスクールカーストの中に出来ているのである。

この仕組を京都アニメーションはしっかり描いてくれた。

日常17話ED2 怪獣のバラード

聲の形 で流れた曲。聲の形にも一人、日常から来たようなキャラが出ていた。

ついでに京アニはけいおんの秋山澪と文化祭を平行世界を他作品に登場させすぎだと思う。
今回も黒髪ロングの女の子(いじめっ子の上野)がそれである。
けいおんの秋山澪、境界の彼方の名瀬美月、氷菓の千反田える、たまこまーけっとの北白川たまこ、響けユーフォリアの名瀬美月、そして今回の聲の形の植野直花・・と脈々と受け継がれる黒髪ロングの意志である。

そして本当に京都アニメーションは文化祭が好きだ。どの作品でも文化祭である。

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