尖沙咀から香港島を望む

成績だけで自分の価値が決まるかのような気持ちにさせるので、なかなか内的モチベーションというのは維持しづらい。
何か外的な報酬がかかったときの内的な充実感を湧かせるコツや外的な報酬に大きく振り回されない方法がありましたら教えてください。

・・という質問を受けました。

たしかに内的動機づけは維持しづらいです。

よくミュージシャンが最初は趣味で始めた音楽だったのに、やればやるほどスポンサーの意向やファンの期待に沿うことが目的化してしまって本来の最初の動機づけを失って「何で自分は音楽やってるんだろう」と悩むことがあります。

それにどこか似ている印象を受けます。

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このような「ミュージシャンの悩み」の場合、
「手段」と「目的」が不一致、あるいは逆転
「動機」(内面)と「行動」(外面)が不一致、あるいは逆転
してしまっていて、これを別々に見ていなかったことが問題になります。

「動機付けの二元」というのがあって、
目的と手段が、自律的な意志と合致すると「内発的動機づけ」(一番理想)になります。
内容:「音楽も報酬もあると楽しいからやる」という内容です。

この「内発的動機づけ」の中に、
「同一化動機づけ」(二番目に理想)と「取り入れ的動機づけ」(三番目に理想)というのがあって、
この2つは目的化しないまでも手段化しています。

例えば、
同一化動機づけは、
内容:「好きな音楽やってついでに報酬もあるといい」(ほとんど内発的動機づけと同じ)

取り入れ動機づけは、
内容:「好きな音楽だけど報酬もないと困るからやる」です。

完全に「自律」の目的ではありませんが、自律で「手段」として動機づけです。

逆に、嫌なことでも他人の期待や他人に言われたから他律で手段にしてしまうのを「外発的動機づけ」(一番最悪)
内容:「嫌だけど音楽やれば報酬もらえると言われたからやる」

相手を満たそうと他律なのに目的化してしまうのを「擬似(ぎじ)内発的動機づけ」(二番目に最悪)と言います。
内容:「音楽やって報酬もらえないと言った人ががっかりするからやる」

まとめると

外発<擬似外発<取り入れ<同一化<完全内発

他律(高)←    →自律(高)
手段(高)←    →目的(高)

…になります。

ミュージシャンの例の場合、最初は内発的動機づけだったのが、目的と手段や、自律(内面)や他律(外面)が混同されていたために逆転してしまい、擬似内発的動機づけや外発的動機づけに落ちていってしまったわけです。

つまり、そうならない人、そうならないようにするためには、目的と手段や、自律(内面)や他律(外面)の違いを自覚しておくのがコツです。

逆説的にいえば、仮に外的な報酬があったとしても、それが「自律で自分の目的に沿わなければ振り回れされないはず」なのです。

もし外的な報酬が、自分の自律と目的に沿えば、それは内発的動機づけとして「同一化」あるいは「取り入れ」されているので、「振り回れされた」といえないので問題ないと思います。

勉強でも会社でもそうですが、成績や地位やお金など外的な報酬に振り回される人は、目的を優先するあまり「手段と目的を逆にしてしまう」あるいは、外面を優先するあまり「動機と行動を逆にしてしまう」ので、長期的に長続きしない、失敗リスク・損失リスクが伴います。

前回書いた「2:6:2の法則」の話をすると、集団だとすべての人がハイパフォーマーで内的動機づけをしていることはありえません。
2:8でおおよそハイパフォーマー(High群)とローパフォーマー(Raw群)に分かれます。(ハイパフォーマーだけで集団を作っても2:8になります)

長期的に利益を出す2割に残り続けるハイパフォーマーは間違いなく内発的動機づけ(同一化・取り入れを含む)を行なっており、そしてどの集団でも2割に好かれて、2割に嫌われてるわけですので、そんな感じに動機と行動を意識してみてはいかかでしょうか。