「理不尽」(unreasonable:アンリーズナブル)と「不条理」(absurd:アブソード)の違い。

日本語では、
理不尽=望まないことを他人に押し付けられること。
不条理=自分の意思では逆らえないこと。

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「理不尽」(unreasonable)は接頭辞un-にreason(=ratio:理性と合理は同じ意味)がついて「理性・合理的ではない」から理不尽。

「不条理」(absurd)はab-にsurdという無理数からも離れている。
つまり有理数(=神様)からも離れている操作不能なカオスという意味合いが強い。

例えば、偶然に事故や災害に巻き込まれることを「理不尽」とは言わない。「不条理」という。自分との因果関係が何もないから。

しかし故意に事故に巻き込まれたり、放火されたりと人が絡むと「理不尽」となる。人が絡むと理性が絡み、理性が絡むと合理的ではない出来事の可能性もあるから。

「空気」が理不尽か不条理かと言えば、定義が「論理や主張を超えて人々を拘束する絶対の怪物」なのでどちらとも言えない。

例えば、偶発的に不幸な出来事・不条理があると「誰かを生贄にして鎮めよう」「ケガレを浄化させよう」とする空気ができる。

ただ誰かが実行に移すので人が絡めば理不尽となる。

日本では「世間」から流れ出たものが「空気」と定義されている。

欧米で「神 Sci」から「流れ出た ence」で「科学 Science」と定義されているのと同じ

神をモーゼが論破して沈めた旧約聖書のように、人が理性と合理reason/ratioで神を操作できるようにする。

空気に対しても同じ方法が有効である。

カウンセラー同士で心の問答・公案のような「ダイブ(発掘)」を続けていたときに気づいたことがある。

どこまでも怯えず潜り続けられるのがカウンセラーたる素質だろうが、私の場合、どうも手前でreason理性にして、暴露して法の下に引きずり出して、合理ratioしてビジネスとして建設的に錬金しようとする発想にいくと指摘された。

「ケガレ」や「空気」と言った「不条理」を「理不尽」の段階まで引きずり出して、それを洗浄して価値として錬金する。

これを「アンリーズナブル・ロンダリング」(unreasonable-laundering)と定義することにした。