ホワイト社会のAIスナイパーから逃れてゲームクリエイターのように生きる

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「誰が言ったか(立場重視)」vs「何を言ったか(内容重視)」対立

アニメ制作は立場重視のソクラテス。ゲーム制作は内容重視のプラトン。
なのでアニメ界隈は個人名を売り、ゲーム界隈では名より作品を見せる。新旧アート作品のプラットフォームの違い。

最近はどんどん大衆ニーズがゲーム寄りになっている。

むしろ名を出すと汚されるような嫌悪感を持つ。

洋書の恋愛小説で最後のページにどデカく載せてある作者のおっさんの写真のような。自己主張ゆえの台無し感。

面白いのは名もなきゲームクリエイターは「名前を知られてないのに、名も残ってないのに、どうやって転職時に自己アピールするのか」という話で。

その時に初めて「作品を見せる」「技術を見せる」しかない。

ホワイト社会とAIスナイパーに射殺される

ただ普段はそれを見せてはいけない。ホワイト社会とAIスナイパーに射殺されるから。

例えば「私が任天堂のマリオのCG作りましたー」と言って自慢してはファンからも他業界から刺される。

利益相反でもなく、謙虚さとも違うだが。

目立たないように自分を売るしかないが、当たり前だが名前が出てないので全く目立たないゆえに売れもしない。

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