非合理的で理不尽な出来事を受けるほど、合理的な方向へ人は突き動かされます。
しかし理性での客観的な洞察内省が出来ない人は、自分がやられて嫌だったこと(理不尽な体験)と同じことを外界に再現しようとします。
「他人も同じ目に合わせてやろう」と操作しようとします。
独裁者は嫌な思い出を他人に再現しようとする
チンギスハンやヒトラーや毛沢東などの歴史的な大虐殺をした人物も、自分の体験を外界に「再現」しようとしています。
しかし(当たり前ですが)「全く同じ状況は作り出せない」ので不満が解消されることはありません。
「なんで解消されないんだ!」と繰り返します。
それが負の連鎖で拡大していきます。
その巨大な悪霊を浄霊すべく周囲の人がたくさん生け贄となってしまうのです。
日本のコミニティでタタリ神になる人
日本人のコミュニティでは、このような自身の理不尽の体験を消化できずに再現しようとしてタタリ神と化していきます。
手に負えないほど独善的で理不尽な人物が出てくると自然と「集団浄霊」が行われます。
どんな集団でも、誰かが父役割(理想)や母役割(共感)を引き受けようとしてしまいます。
誰かが父親のように「こうしたらいいよ」と理想を言い、誰かが母親のように「何でもあなたを許すよ」と共感する役割を引き受けてしまいます。
集団的無意識なるものが機能するのです。
タタリ神が出てきたらどうするか?
タタリ神に対する「集団浄霊」が成功すればいいです。
しかしたくさんの生け贄と犠牲者が出てしまいます。
集団のトップがタタリ神から祟りを受けて第二のタタリ神となって更に祟りを拡大させるパターンも往々にしてあります。
一番賢明なのは人がタタリ神と化したら「逃げる」ことです。
タタリ神には理性も合理も通用しないからです。