無知な芸大生にありがちな、「自由に表現しろ」と言われてエ口グ口バイオレンスを出してしまう厨二病に毛が生えたような作品があります。

だいたい銃で人が死んで、爆発して、逃げて狂気になるような典型例。

「それあなたの心象風景の投影だろ」と一喝してため息をつかれます。

なぜこの話をするかというと、人間の本能をさらけ出している典型例だからです。


動物的本能(イド)と超自我(エス)がバランスを取っている

人間の本質はエ口グ口バイオレンス(動物的本能)は確かにあります。

心理学でいうイド(性衝動:リビドー)です。

しかしエスという超自我(理性)もあります。

バランスを取っています。

自我とは?エス(イド)・超自我とは? ~「動物的本能」(エス)と「理性」(超自我)の綱引きバランス~

表現するときは、ダイレクトに下ネタぶっ放せばいいのではなく、オブラートに何重にも包んで、メタファーとして出さないと芸がないのです。

人の動力源にあるのは何か?~エロ・グロ・バイオレンス~

イドとエスは均衡=目的合理精神である

フロイトのイド(動物的本能)とエス(超自我)も構造主義です。

物事を階層的に、構造的に考えています。

そのバランスを取るのは「目的合理精神」と呼ばれます。

「均衡」で2つのものを秤(はかり)に乗せる。

目的合理の精神は、宗教改革以後に、強烈な予定説によって出てきたものです。

「目的」とは「神から人へ」の契約の神のタテだけでなく、人同士のヨコの広がり。

「合理」とは「2つのものを秤(はかり)に乗せ、割合や重さを測って、どちらが得か比べること」(均衡)のことです。

つまり「お金儲け」のことを指します。

これは発案者のフロイトの根本がユダヤ教にあったことに起因します。

精神構造の捉え方の基本~フロイトとユングの歴史~

お金儲けというと胡散臭い感じになってしまいますが、キリスト教ではお金儲けは禁止されており(ユダヤ教では同教徒のみ禁止)、禁止されているのに国の官僚や僧侶が増税や規制をして、貧しい人々を痛めつけるので、
「自由に生きたい!」
「国は税金や規制はやめてくれ!放っておいてくれ!」
「自由に商売させてくれ!」
という思想的背景があります。
これを「プロテスタンティズムの精神」といって資本主義の根本思想です。

ルールがある=抑圧したい何かがある

家庭や学校や会社でルールや規制を見つけたら、そこには「抑圧している何か」があります。

その「イド(リビドー:動物的本能)が出てきては困る」から、ルール(エス:理性)で封印しているのです。

その抑圧が強すぎるから鬱になります。

カウンセラーはその「抑圧している何か」をすくい上げて、本人に気づきを与えます。


エスでイドをコントロールすると自由を得られる

これは国も同じです。

社会学者のトマス・ホッブズの言うように、国家は放っておくとリヴァイアサン(怪物)となって、税金と規制という「抑圧」で民衆を苦しめてきます。それで鬱になります。

国家は放っておくと暴走するという歴史的自明された大前提があるからこそ、憲法で縛り付けておかなければなりません。

国家に「義務」を課すから、国民に自由な「権利」があるのです。

法治国家の基本です。

どう生きるのか

人の本質は「縁」です。

その中で中核自己を形成していきます。

人間の本質は「縁」(人間同士の繋がり)

中核自己の説明
君の名は。はなぜ癒やされるのか?~心理療法と自我同一性統一~