「コロナはただの肺炎だから簡単に治る」という意見を聞くことがあります。
この説は、どこから来たのかな?と思っていました。
結論から書くと
「最終的に肺炎で死ぬから単なる肺炎」という「結果のみの原因否定」でした。
演繹的な謎の断定でした。
当初は意味不明すぎて「何か根拠があるのだろうか?」と思いましたが、話を聞くうちに「考える順番がおかしい」ということに気付きました。
考える順番がおかしい
例えば
「がんで心臓が停止したから、がんではなく単なる心臓病なんだ」
「事故で出血死したから、事故死じゃなくて出血死なんだ」
というのと同じです。
だから、
「がんは問題ではなく、心臓病だから心臓病の薬で簡単に治る」
「事故は問題ではなく、出血を包帯で止めれば簡単に治る」
というトンチンカンなことになるのです。
そして「がんなど存在しない」「事故など存在しない」という本末転倒の結論に至ります。
病気には原因があって結果があるのですが、「コロナはただの肺炎だから簡単に治る説」は、
「結果しか見ていない」ので、原因が消えているのです。
コロナに治す方法はない
こうなると「コロナウイルス存在しない派」と同じ反論の仕方で事足りてしまいます。
ただ気になるのは、その説を信じる人たちが、
「世間はバカだ」「みんなマスコミに踊らされている」という
「自分は賢いんだ」
「自分はみんなと同じようにマスクしたり、自粛したりしないぞ。」
という周囲への反動の動機行動。
それを裏付ける理由として、「コロナウイルス存在しない派」を支持している人が多いのです。え?じゃあ今亡くなっている方々は何に感染して亡くなっているの?
え?風邪なら何で今まで以上に亡くなっているの?
という質問に対しての反論があまりに弱いのです。
感染診断基準を改定した程度では説明がつかない質問には答えられないまま論を張ってしまっています。
「診断基準を緩和したから。肺炎もみんなコロナと診断処理されたから増えたんだ。」
と返すにしても、コロナであれば先んじて陽性が出ているので隔離病棟になります。まずその時点で入り口からコロナ陽性です。
それ以外の、例えばインフルエンザ肺炎や慢性肺疾患で亡くなった患者をコロナとして診断することはありません。
実際には治らずに死亡しているのです。
考えれば分かることなのですが、思考法の罠にハマっているパターンがあることを知って、少なからず危機感を覚えました。