フィクションでも「良い大人」が必要な理由

よく「良い大人が出てくるアニメは良い作品」と呼ばれます。

ほとんどの人にとって現実の親は、見習いたくない悪い大人の見本になるからです。

ここでいう「大人」とは主に親族であることが望ましいです。

自己を安定させるためには良い理想対象を見つけて内在化する必要があります。
それはフィクションのキャラクターであっても有用です。

「良い大人」の出てくる作品は希少

もう今、現存している理想対象として内在化できそうな「良い大人のキャラクター」は、
家族モノのアニメで「サザエさんのフネさん」や「プリキュアの両親」くらいしかいないと思います。
かなりレアです。

昔のディズニー作品に出てくるような模範的な良い両親像。

「いやいやあんな良心的な完璧超人おらんやろ」と思うかもしれませんが、理想対象だからこそ理想のフィクションに存在することが大切です。

今は家族体系の枠外で自我形成して理想対象を求めることが多いので、作品でも家族外に聖人が設定されていることが多いですが、家族内にも必要です。

ディズニー作品にも登場しているが大体は死んで神格化されている

昔のディズニー作品で理想像となりそうな親といえば、ライオンキングくらいしか思いつきません。
しかし死んで神格化されています。

アジア圏のように拡大家族も少ないので祖父母を出しても視聴者が投影させにくいのです。

ほぼ「血縁は敵」に設定されていることが多く、やさぐれた外の世界のはみ出し野郎のヤンキー良心から理想像を再構築してくるパターンが多いです。

例えば
アナと雪の女王の親は良い両親だけど、これも死亡して神話化。
ラプンツェルも良い両親だけど、育て親が心理逆転している毒親のラスボス。
両方のヒロインとも、ろくでもない男につけこまれて「やっぱ血縁が一番だわ」となる構造です。

日本の作品はもっと少ない

ジブリ作品で「良い大人の理想像として内在化できそうな親」のキャラクターは、キャラクターが深彫されすぎているせいで、死んで神格化されてる以外に、びっくりするほどいなさすぎです。かろうじてトトロかポニョくらいです。

おじいちゃんやおばあちゃんのステレオタイプな理想像なら、細田守や新海誠作品に出てくるかもしれませんが
ジブリ作品になると、ハウルの動く城のサリバン先生や、千と千尋の神隠しのゼニーバのように「今丸くなって良い人面してるけどお前が諸悪の根源やんけ」みたいな狡猾さがあります。

もっと「良い大人(親)」の出てくる作品が増えてほしい

フィクションの作品でも「良い大人」は、主人公の成長を描く作者の意図のために、死によって神格化されてしまっているパターンが多々あるので、生存して登場していることが少ないレアキャラだけど、視聴者の理想像の内在化ができないので出てくる作品が増えてほしいですね。

「内在化」の重要性を知っておこう

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