境界知能になると身体性、精神病になると外に漏れ出す

「私は私、リンカーンはリンカーン」は正常。
「私はリンカーンだったらなぁ」は神経症。
「私はリンカーンだ」は精神病。

(交流分析ミュリエル・ジェイムズ「自我境界への不鮮明」)

精神病傾向になるほど、自我が解離し、自分から離れていく。
その離れた隙間を、妄想や虚言や他者見下しで埋めようとしてしまう。
出血した血を留めてかき集めようとするような。
そんな無理筋な行為がクラッシュして精神病へ至る。

境界知能、知能が低くなると
身体的な五感で感じた喜怒哀楽の感情が最優先タスクで表出される。
ゆえに周囲に伝える際の説明の論理過程が意味不明になる。

例:東京の友人が来た。そしてお土産をくれてびっくりした。

びっくりしたお土産。東京の友人でした。

東京からびっくり箱でも送られて来たのか?
と説明の前後関係が端折られるので意味不明になる。

ここに感情表現の語彙力の乏しさが加わると「うれしい」「かなしい」の喜怒哀楽以前に、
被害妄想的になるので結論「うぜぇ」「きめぇ」しか言わなくなる。

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