他人に頼むのにやろうとするとドタキャンで拒絶する事例

全く使っていないカードで多額の会費を取られていて負担なので解約したい相談の事例。

他人に相談する要素なんて何一つなく一人で解約すればいい。

しかし、
・解約すると世間様にどう見られるかが気になる
・解約したいが面倒くさい

なので「他人に手伝ってもらいたい」と嘆く。
でもいざ他人が介入すると「おい、やめろー!」と嘆く。

なぜ「やりたい」と言いながらやろうとすると「やめろ」というのか

結局「不幸であることをみんなで嘆きたい。注目されたい。」「私は悪くない。自分は楽して他人のせいにしたい。」をゴールにしているので決断できずどっちつかずになる。

口では不幸から解放されたいと言いながら、不幸がなくなった後の見捨てられ不安から「現状維持したまま不幸を嘆きたい」ので、結論が出ていても、世間様ガーだの面倒くさいだのと、現状不幸維持のために、できない理由を必死に探してしまう。

親が過干渉なことに起因する

突き詰めると、この事例では幼少期から親がとても過干渉。

過干渉ゆえに「〇〇したら愛してあげるよ」の条件付きの愛で育ったタイプだった。このパターンは逆に「見捨てられたら愛されない恐怖」を植え付けられるので、境界性のパーソナリティになる確率が高い。
思春期に嫌気が指して親から逃げ出したものの、過干渉の親であるゆえに、他人との関わり合い方が受け身として残る。「うわ~ん困ったヨー!」と「嘆く」のが気を引く手段になる。
だがその問題解決しようとすると不幸が幸福になってしまう。

見捨てられ不安が解消される不安

本人は見捨てられ不安が解消されてしまっては危険と判断してしまいまい、必死に問題解決をさせまいとする。火事を嘆くのに、消防隊が来たら油をかけるような、矛盾した行動を取ってしまう。
結果「うわ~ん!みんなで私の不幸を嘆こうヨー!」という一生の足踏みをしてしまう。

この事例では、親が過保護と言えば聞こえが良いが過干渉。

幼少期から行動以上に精神面までの干渉があった。思春期に逃げ出せたのは良かったが親の毒気が残っており、

問題解決に対して自主的に意欲的になるものの、解決されようとした瞬間に解決させないように動いてしまう。

親から自主的に逃げようとする本能の反面、逃げたら親に見捨てられるという逆向きの抑止の力が呪いのように働く。

親がどうしようもなくひどい親で、それを友人や知人に共感されて、他の尊敬できる人物を見つけられていたらむしろ踏ん切りがついて良かったが、
条件付きの愛と言えども、一部にそれなりの合理性があったために全否定できずに中途半端に行動を阻むようになってしまった。

事前に予測して動くこと

この思考と行動パターンを可視化させて、問題解決しそうになったらそれを自主停止させないよう、火事が起きて消防車が来てから油を撒かないよう、直前にちゃぶ台返しをしないようルール作り。
問題解決後の達成感を、見捨てられ不安を植え付けた過干渉な親に結び付けないようにドーパミン経路の上書き保存。

タイトルとURLをコピーしました