感情の知能指数「EQ」 子ども向けの診断キットを開発 全国初
「EQ」を学校教育の場でいかそうと、さいたま市教育委員会と民間企業がタッグを組み、EQを可視化する診断キットを開発した。さいたま市立大宮国際中等教育学校
確かに日本はIQ(知能)とEQ(情動)のうち、EQが圧倒的に国際的にも低いのでEQ教育は重要です。
ただ一方でEQだけを着目すると、IQだけが高いアスペルガー(低EQ)を間接的に差別することになります。
日本は国際的にもEQが低いという傾向はあるが、そこだけにフォーカスすると、ASD(アスペルガー)が低EQを出すのでふるい落とされます。
IQとEQの2つを両方とも上げることが重要とされています。
そしてこの点数は個人のソーシャルスコアなので上から教育利用で管理しても、可視化してはいけません。
可視化と倫理と局所解
記事を見てまとめると
感情の知能指数「EQ」←大切だね
子ども向けの←アウト?(未成年なので保護者の同意など要詳細)
診断←アウト
キットを開発 全国初で中学生に実施←アウト?(EQ論文から統計的な評価をされたのか要詳細)
可視化←アウト
と研究デザインと倫理的にアウトなこと。 データの取扱でアウトなことが多いです。
・2023年に生徒の集中力を管理しようと脈拍デバイスを生徒につけた埼玉県久喜市立鷲宮中学校
・2024年にEQ可視化しようとEQ診断キットなるものを生徒に実施した埼玉県さいたま市立大宮国際中等教育学校
やりたいことは分かりますが、アウトプットが包括的ではなく恐ろしく局所解へシュートしていて倫理的に危ういです。
GDPR
特にGDPRが重視される欧州では一発でアウトで訴訟されるような教育実例です。
埼玉県の教育におけるデータ収集の事例を見ると、 研究デザインで倫理をすり抜けて、EUのGDPRギリギリのところでコーナースレスレを攻めようとするのは何なのか。無自覚なのか、自覚してスリルを煽ってるのか。
よくわかりません。
どうすればよかったか
謎の診断キットで可視化などせず、 せめて「IQだけでなくEQ教育の向上と改善のために調査協力」としてデータ収集すれば良かったと感じました。
数値化で可視化されないため、当てずっぽうな昭和教育により発達障害や知的障害に対応できない現状はよくわかります。
なので何らかの形で数値化して評価する取り組みは必要です。
ただ導入の仕方が明らかに倫理違反なのです。
例えば、「授業に集中できない子どもをAIで発見しよう」「早期退職する人をAIで発見しよう」などの取り組みが他の学校や会社でありましたが、これらはアウトです。
学校や会社が絶対善の性善説、上から目線で来てるからです。
「上は正しい」の性善説のバイアスに加え倫理違反です。
ならば
「子どもが授業中に落ち着けない環境調査にAIを活用」←セーフ
「授業に集中できない子どもをAIで発見しよう」←アウト
「早期退職に至る環境調査にAIを活用」←セーフ
「早期退職する人をAIで発見しよう」←アウト
このように研究デザインを包括的に着目して、限りなくセーフにしたほうがよかったのではないでしょうか。