2023年7月14日、ジブリの宮崎駿監督による約10年ぶりの長編映画「君たちはどう生きるか」が公開されました。
私は初日へ見に行きましたが、映画館にいたのは10人程度だけでした。
それもそのはず。
完全守秘義務と無宣伝で作った作品だったのでテレビの宣伝もなかったためです。
なぜ完全守秘義務の無宣伝だったのか?
宮崎駿監督はいつもイメージボードという一枚絵の「イメージ図」は何枚か見せます。
しかし今回は一切ありませんでした。
宮崎駿も公開前から「鈴木さん、宣伝してほしいなぁ」とサイン書きを残しているにも関わらず。
これは日テレの鈴木敏夫プロデューサーの意向があったようです。
具体的には2021年の映画「鬼滅の刃 無限列車編」が、アメリカ資本であるソニー(アニプレックス)がガンガンに金かけた広告宣伝も相まって興行収入歴代一位になったからです。
20年以上、日本映画の興行収入歴代一位はジブリの「千と千尋の神隠し」でした。
同じ土俵で戦って負けては「ジブリはもう終わったな」と言われるのが分かり切っているので無宣伝という対極のマーケティングをしたのです。
これによりネタバレしても、言語化したところで「インコ大王」だの「積み木」「塔」「墓」と意味不明な単語の羅列になるので、未視聴の人も気になってしまいます。
よく考えられてると感じました。
創作における「おもしろい」と「つまらない」
本編の考察へ入る前に述べておきたいのは
映画でも創作でも何でも「分かる人にはおもしろい」が「分からない人にはつまらない」と判断される傾向があります。
「分からない」「つまらない」作品ほど「作家性」「個性」が強く出てきます。
主張が強く出すぎていたり、メタ表現で曖昧に誤魔化したりするからです。
創作において
個人の「作家性」を出すと、濃度は濃くなるが多数派に面白くはなくなってしまいます。
多数派の「大衆ウケ」を目指すと面白いが、濃度が薄まって陳腐になります。
この2つが常に綱引きしているのでバランスがすごく難しいです。
宮崎駿監督のストーリーの作り方
宮崎駿監督が「自伝」と言って、最も「作家性」を出したのは「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」そして今回の「君たちはどう生きるのか」です。
宮崎駿監督のストーリーの作り方は、x軸とy軸の四次限マトリクス図で示されます。
「x軸が時間軸(過去現在未来)」で「y軸が潜在意識への侵襲度の深さ」です。
この法則を覚えておくと「なるほど、分かりやすい」と読み解くことが出来ます。
ストーリーの終盤のゴールでは赤丸か青丸のどちらかへ向かいます。
この考え方は、カウンセリングや精神分析で人の心を読み解く上でもとても参考になります。
y軸(潜在意識)へ潜るためには、通常の日常生活で意識できる「顕在意識」から、「睡眠」「催眠」(まどろみ、変性意識状態)を利用して下がっていきます。
侵襲度が深くなるほど「契約」や「条件」や「対価」の儀式が必要になります。
それは人の心の根底には、呪術的でスピリチュアルでアニミズムで自然崇拝の世界があるからです。
「君たちはどう生きるか」では、過去へ戻ると生前「最も良かった時期」に会えるようになっています。
キリコ(おばあちゃん)が漁師になったように。
ヒミ(母の姉)が少女になったように。
アオサギは何者だったのか?
元ネタはゲーテのファウスト伝説のメフィストフェレスです。
一言でいうと「悪魔」です。
「賭けのために悪巧みで誘惑して導く」役割があり「アオサギ」の「詐欺師」と掛けています。
アオサギだと思ったら胃袋を引っくり返してゲスなおっさんが出てきたのはそのためです。
「母親に会いたくないか」と眞人に契約を持ちかけます。
後述しますが「君たちはどう生きるか」では「鳥類」キャラクターの「先祖返り」が時間経過のパロメーターの役割をしています。
何が目的の話?
目的は「眞人の母親像の統合」です。
眞人は母親ヒミを戦争で亡くして罪悪感のトラウマを背負っています。
そこに新しい母親のナツコ(妹)が冒頭から登場するのですが馴染めません。
ナツコはすでに眞人の父親との胎児も授かっています。
姉(眞人の母)は戦争で死んだにも関わらず、まるで財産目当てで駆け落ちしたような罪悪感をナツコも持っています。
移動方法でどこへ移ったか分かる
世界が変化するときには特定の描写が入ります。
・時間のx軸移動は横移動で「トンネル」
・潜在化のy軸移動は下へ「落ちる」
・空間移動は「扉」
・境界移動は「門」
です。
その世界を強化するときは、その世界のものを「食べる」という行為をします。
「その階層のものを食べる」ことで強化されて次の階層へ向かっています。
これらを意識してみると、以下の今どこの世界構造の階層の話をしているのか分かるはずです。
「君たちはどう生きるのか」の世界構造
大雑把な世界構造(レイヤー)はこうなっています。
スピリチュアルで語られる「現世→幽界→霊界→天界」までの構造で見るのが分かりやすいです。
それが本当にあるかなしかは別にして、死後の世界の構造をそのまま作品へ移しています。
①現世・顕在(序盤のASMR部分)
②睡眠・幻想(青鷺、塔・トンネル)
③幽界、辺獄(波、門、墓、三途の川、未練ある未浄化の生者、魂を食うペリカン)
④霊界(インコ王国、囚われの2人の母の統合)↓転生チャレンジ
⑤天界(創造主オージー)
例えると精神世界版の「メイドインアビス」です。
①第一層:現世・顕在意識
冒頭の屋敷探検の部分です。ほとんど自然のASMR(音響)が占めています。これは後半ファンタジー世界へ向かうので先に身体的な感覚体験を意識させようとしている意図が見て取れます。
「手書きの粗さをあえて利用した炎で顔がゆがむ表現」などはデジタル化の短所を長所に変える天才的なアニメーション技術でした。
②第二層:睡眠・幻想
眞人が塔トンネル(元ネタは江戸川乱歩の幽霊塔でしょう。宮崎駿監督が絵を書いています。)を半分通ってからアオサギの幻覚を見るようになります。睡眠や気を失うシーンが多くなります。
眞人が「髪を半分切る」のも象徴的なシーンです。
作品で「髪を切る」シーンは必ず「決別」のシーンで使われます。
眞人は「半分だけこの世と決別した」のです。
幽霊塔のトンネルにも「半分だけ入る」ことになりました。
君たちはどう生きるかでは「陰陽頭」として扱われています。
陰陽頭(阴阳头:インヨウトウ)は1960年代の中国の文化大革命で「髪を半分だけ強制的に切り落とす」侮辱の一種です。
文化大革命では絶対科学主義での大虐殺だったため、宗教はもちろん気功や太極拳、占い、陰陽道スピリチュアル的なものは迫害されました。
象徴的に中国道教の古くからの「陰陽マーク」のように「髪を半分にしてやる」という侮辱です。
日本では古くは中国の道教は「陰陽道」と言われていました。
安倍晴明など陰陽師が活躍した陰陽寮のトップを陰陽頭(おんみょうのかみ)と言います。
つまり眞人は「侮辱」と同時に「陰陽師」になったのです。
これが後の「式神」の表現に繋がります。
③第三層:幽界、辺獄(煉獄)
現世と霊界の間の世界です。
・金の門のペリカン
「墓」と「金の門」があって「入ってはいけない」ことになっていますが、眞人は大量のペリカンに押し出されて墓に入ってしまいます。
なぜペリカンだったかというとアオサギが「ペリカン目サギ科」の鳥だからです。
姿が一つ戻っているのです。
アオサギの一つ前のご先祖様です。
・若かりし漁師キリコおばあちゃん
塔から床に落とされて若返った漁師キリコに出会います。彼女の仕事は「未練ある未浄化の生者」に魚を食わせて霊界へ向かわせることです。
海のように見えますが死後の「三途の川」と呼んで差し支えないです。
・館のおばあちゃん人形
「館のおばあちゃんたちの人形」は第一層の現世でまだ生きている人たちなので、幽界では式神としてお守りになっています。
現世で「思ってくれる人」がいるので、第三層でも眞人は結界の中で形を保っていられます。
・ワラワラとヒミ
「魂」と言われる「ワラワラ」が霊界から輪廻転生するために「上がって」きます。
しかし「ペリカン(未浄化霊)」に「ワラワラ(魂)」が食べられてしまい、それをヒミが炎の魔法で救出する仕事をしています。
ヒミは戦争で亡くなった眞人の母親ですが、本人も思い半ばだったので未浄化の幽界で「自分が最も良かった時の姿」で炎の魔法使いになっています。
煉獄なので「火」(母が炎属性なのは中間層の煉獄にいるため。鬼滅の刃の煉獄さんに掛けた宮崎駿のギャグだろう。)で浄化されていきます。
ヒミは、未浄化キリコより「死んでいる」ため霊界以下でフルパワーを発揮できます。なので「たまに来てペリカンを追い払う手伝いをしてくれる」のです。
④第四層:霊界
・インコ王国=地獄の鬼
インコ王国がメインになります。
インコはオウム目インコ科。
ペリカン目サギ科と親戚ですが系統が異なります。
インコも未浄化霊です。
インコが「鬼」のような「地獄の番人」となって王国を築いて支配しています。
「罪」を背負って降りてきた者をこらしめるためです。
罪を背負って降りてきた者(未浄化霊)は、まだ肉体が現世にあるパターンと、もう肉体が現世にないパターンがあります。
いずれにせよその場でインコに魂を処刑されてワラワラになるのが決まりですが、肉体が現世にいある場合は、もう一度元の姿で戻ることもできるのです。
・ナツコの罪
ナツコ(母の妹)が魔除けの式神に守られながらインコたちに囚われています。
現世と階層の近い者は式神のバリアをしておかないと毒されてしまうからです。
眞人はヒミ(母)と一緒に助けようとしますがタブーに触れて失敗してしまいます。
⑤第五層:天界
世界の創造主の大爺(オージー)がいます。
インコ(地獄の鬼)のインコ王国からは階段を登り、明暗の回廊を渡り、光の道を渡らないとたどり着けません。
更に過去へ退行するのでインコのご先祖様の「オウム」などがいます。
インコ大王含めインコ達は、地獄でこき使われていたので「眞人の母」を大爺との交渉材料に使います。
目的は転生です。
大爺は「石」(意思と意志と遺志を掛けている)を「積み木」として詰んでいます。
遺志を継いでくれる人を探して、眞人に頼りますが「それは墓石だ」と看破されて「それが分かる君だから継いでほしい」と更に継がせたがります。
しかしインコ大王という第三者が「積み木」を破壊し、また真っ白になって、登場人物の全員が現世への転生に成功します。
最後に現在へ戻るときは、「過去を統合する勇気」と「自らの意思決定」が必要になるのです。
「崖の上のポニョ」が最も近い作品
私は15年前のポニョの公開直後に崖の上のポニョの解釈(12歳以上向け)という記事を書きました。
この宮崎駿監督のストーリーの作り方は「崖の上のポニョ」が最も近いです。
崖の上のポニョ と 君たちはどう生きるか の登場人物を並べると、かなりそっくりに当てはまるので、間違い探しのように並行して考察してみると面白いです。
ポニョのほうが、xもyも同軸に登場人物をパラレルワールドで存在させていたので、分かりにくかったです。
「崖の上のポニョ」では過去と未来の登場人物を同一の時間軸で登場させています。
最初は時間軸は混ざっていないのですが「トンネル」で移動して、「津波」のイベントで「死後の世界」へ行き、キャラクターが統合されます。
ヒミ=キリコ(若,老)=ナツコまですべて同一人物の母親像
むしろ 「君たちはどう生きるか」は分かりやすいです。
ここで母親像が
ヒミ=キリコ(若,老)がすべて同一人物だと気付くことが出来ます。
そこにナツコを統合しようとしているのです。
時間軸で分解されていますが「母親像」が同一人物です。
ヒミはナツコのことを許し、眞人も母親のその姿を見てナツコを母親として統合して受け入れます。
「崖の上のポニョ」と「君たちはどう生きるか」を比べるとそっくり
宗介=眞人
ヒミ(前の母親)=ポニョ
フジモト=アオサギ
父親=父親
ナツコ(次の母親)=リサ
キリコ(若)=リサ
キリコ(老)=トキ
グランマンマーレ=大爺
「崖の上のポニョ」→宗介がポニョ→リサ→トキの母親像を取り入れる成長物語
「君たちはどう生きるか」→眞人がヒミ→キリコの母親像を通じてナツコを取り入れる成長物語
宮崎駿監督の自伝である「ポニョ」を因数分解したのが 「君たちはどう生きるか」なのです。