青森県 (2)

善と悪の二分法思考で、
「自分の悪の部分を努力で善くしなければ」と自分にも他人にも欲求するのが強迫性障害、

「自分は善なる神で他人は悪だと卑下する」のが自己愛性人格障害、

「善い自分と悪い自分は別人である」と解離してるのが境界性人格障害。

この順で悪くなって最後は統合できなくなる精神病に至る。

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問題は「そもそもなんでこんな極端な二分法思考になってしまったか」ということ。

一人なら別にいいがその(凄まじく幼い)価値観を他人に押しつけて回るので問題が起こる。

そして本人もなぜ善なる自分言うことを聞かないのかと悩む。

本人のその行為自体が非現実的で幼児的な願望だと気付いてない。

二分法思考は乳幼児期の親との関わり方

実際に認知心理学の実験でも、彼らに白色の図と黒色の図の重なった図を見せても「灰色」が認知できない。

1つのことで2つ以上の解釈や見方があることが理解どころか認識さえできない。

自分の答えを神の啓示のように神々しく思っているので。

二分法思考が高く、曖昧さ耐性が極めて低い。

原因の苗床は例外なく乳幼児期の親との関わり方である。

乳幼児期の心を自由無垢なチーズとして例えて考えてみよう。

親に少し切られたら強迫性、
半分くらい切られたら自己愛性、
ほぼ完全に切られたら境界性。

思春期前後から表出してくる。

独自の善悪の(かつ非常に低俗な)価値観でストンと分けてしまう。

親は、子どもが乳幼児のうちに、
子どもが自分の思い通りに動くように足を切り落とし、
自分で選択できないように手を切り落とし、
ひどいと首まで切り落とす。

それで将来、自分の思い通りにならないと「あなたは自由なんだ」とか「そんな姿になったのは自己責任だ」と平気で吐き捨てるのが腐った親である。

こういう精神病者を生み出す悲惨な親の下に生まれてしまった場合は、気に入られて関係を精算しようと親の価値観に合わせる必要は一切ない。

あとで甘い言葉で依存させようとしても信じなくていい。

全体のうち良い部分は何%くらいかを考えて、そのぶん離れて住んで距離を取るのが望ましい。