素で発達障害のASDなのかADHDなのか。
スマホ脳でショート動画の見過ぎにより脳が短発チャンネル化して発達障害っぽくなってるのか。
いずれにしても局所解(こだわり)の罠にハマり、狭義の定義で言葉遊びを始める。
これによって起こる想像力の欠如から来る社会性とコミュニケーションの不成立。
「発達障害の人がそう考えてる」というよりも
「発達障害的な思考が社会現象として表出」していて、
「知能低下」(先天的な固定ではなく変動的な判断力低下)により「局所解こだわり」から想像力が広がらないので「会話にならない、会話にならないので共感もできない違和感」がある。
発達障害の友人たちと会話していて、よく「ノイズ」という表現を使う。三ツ山問題やサリーとアン課題のように、本人だけは「見たら分かるやん」だが、他人は分からない。
そこを相互理解させるのが手間すぎてノイズになる。視覚的に一撃で可視化させて分かれば良いのにと。このショートカットの必要性。
医療者と一般の方の考える「重症と軽症」に認知の差がありすぎる。一般の方が正常バイアスで軽症を軽視しすぎている。
ただ一方で精神科領域では診断の枠が狭すぎて、患者が軽症でも重症と重視しすぎている。
がんや難病という診断にもピンからキリまであって、別に重症化せずに生涯終える人もいる。
発達障害が幼少期の否定的体験から自信喪失して、それを隠すべく仮想的有能感による誇大自己と誇大妄想と虚勢の見下しが、多弁の中で現れやすい。当然の帰結で孤立する。思考が可視化されてノイズが軽減できれば対人関係で負担を減らして、より効率化するのにと感じる。