FIREしても社会的孤立に耐えきれないのと、社会参加しないと自己承認欲求が満たされないのと、あれ時間あるなら更に働けば不労所得以外にも所得増えるんじゃね?と気づいて働き出す。
常に不安はつきまとう
幼いときに「お金のいらない国」という本を読んだ。お金が消えた国の思考実験なのですが、みんな働き出すのはなぜかという問いかけ。
インデックス投資にしても不動産家賃収入で、数千万円の高いハードルを越えてFIREしたとしても一定額の不労所得で一生続くか分からない不安は常につきまとう。戦争リスクや税改正や預金封鎖されたら終わり。
雇用されて働くのが嫌。モチベーションは常に内発的にすること。
多くの方を見ていて「雇用されて時間を束縛されて働く」のが嫌であって、「創作活動やサービス業が嫌なわけではない」ので。
無意識に後者で一生働いてる人はいるのですが、前者だと自覚認識した瞬間に働きたくなくなりますね。
内的だった動機づけが外部に依存してしまうからです。
「昔は好きでやっていた音楽が、売れた瞬間にやる気がなくなった」というミュージシャンあるあるがこの典型で、内発的動機づけが、会社や顧客の注文や周りの目が増えて外発的に奪われてしまったから。
それは自分の身体から離れたところに価値が依存しているから。一人身になっても通用する技術を。
モチベーション(動機づけ)は常に内発的動機づけに基づかないと長続きしません。
アート
新規的なものを生み出す学者やクリエイターは尊いのです。
学問(自然科学・社会科学)はリベラル・アーツ(自由な、art:芸術、技術)。
自由が前提なので、その活動を侵害する増税や規制に徹底的に反対しなければならないのです。
だから「アート」(芸術、技術。技術も同じ語源)「リベラルアーツ」(自由な芸術、自由な技術)なのです。
外れ値の非社会的な新規性
科学をモデル化するときに「外れ値」を捨象しますが、その外れ値に新規的な研究の種が植えられています。
社会においてこうあるべきだという過去の社会規範や通俗なモラルの中での「非社会性」。創作や研究の新規性。これが原動力。
他人の権利さえ侵害していたらそれは単なる「反社会性」。