義務教育での成績・偏差値競争はニセの競争。自由ではない。

たまに自称・市場自由主義者で、
「センター試験での点数や偏差値、義務教育での学歴競争が素晴らしかったから(自分が点数が良かったから)」
みたいなことを推奨する根拠にしている人をみると唖然とする。


官僚の下、柵で囲われて、意図的に強制された羊たちの競争は「自由」ではない。

理系の牙城、辿り着く先である共産主義(=唯物論・科学主義)にもなりきれていない。

左翼(リベラル)のようで左翼でない。
左翼にもなりきれず勘違いしたいわばサヨク思想。

もし本当の自由主義者なら、
「国の統一試験なんて自由の侵害。消えるべき。学力テストは私塾が行うのみ。やりたい人だけやればいい。大学は全て私学のみでいい。」なのだ。

義務教育での成績競争とかセンターでの偏差値競争とか、国の囲いの中の、限定的な競争で、自由競争を語る人はニセモノ。

社会学心理者の加藤諦三氏は、カレン・ホーナイの翻訳を通じて、自由な競争を「健全な競争」、相手を不幸にする動機で行う競争を『神経症的競争』と分けて定義している。

義務教育内での成績競争だの、センターだので行われる競争を推奨する人は間違いなく「神経症者」だ。

自由でないから。

森村 進 の ‘自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)’
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