なぜ会話ができるかどうか?が重要なのか

精神病態水準として、会話できるかどうか、コミニュケーションできるかどうか、共感できるかどうかが一つの判別する入り口。

例えば、「ウニの養殖はどうなってるんだ!お前のせいだ!」と、本人はウニの養殖業者でもないのに、関係ないことを関係ない他人のせいにして結びつけようとする、話が統合できていない。連合施緩という。

対個人であれば対応できるが、
職場の上司がこうなっていると、立場上逆らえず、全く関係のないウニの養殖についての問題で反省文を書かせられ、何度も書き直しを欲求されて、評価や給料を下げられる。
職場の周囲もなぜかウニの養殖について個人を責めるという妄想の集団感染を起こす。

「いやウニの養殖と私がどう関係があるんですか?」
と聞いても
「やはり逆らった!こいつがウニの養殖を駄目にしている!自然界を破壊している!顧客を大切にしない!我社の害悪!諸悪の根源!」
と言い出して、周りの部下もそれに同調しだします。

なぜこんな意味不明なことが起こるのか?

発生点は大きく2つあります。
・被害妄想でウソの世界を見てしまっているパターン
・会社の理不尽をそのまま信じて受けてしまっているパターン

どうすればいいか?

このピントのずれた日本の人間関係のいる職場環境を是正すればもっと効率的に動ける。悩む人が減る。発言は録音必須。監視カメラ必須。超監視にしたほうがいい。

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