病院で働いていると「なぜ看護師になったのか」とよく聞かれます。

私の場合、国立大学の研究者から、IT会社を設立して経営、そして看護学校へと進路を歩みました。

私の場合、一言で理由はまとめにくいです。

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箇条書きで上げるとこのような感じです。

・大学で研究していて教授職が70代近くで定年退職するまで正規職がないから。
=先輩は40代、50代でずっとコンビニでアルバイトしながら研究を続けていて、これは研究に一生を捧げるか、支援してくれるパトロンや家が裕福でないと無理だと思ったから。
・当時、祖父が死んで家での自分が介護するという役割意識が消えたから。
・同時に、看護師の祖母が認知症になったから。
・祖母に支配粘着される介護から逃げたかったから。外に出ていく理由が欲しかったから。
・家族が全員死んで一人になるのが怖くなったから。
・「家にいて何やっているのか分からない」と言われる地元地域からの疎外感。同級生はまともに働いているという焦燥感。
・看護師の祖母は恩着せがましい偽善者であったが、私を家族を育ててくれた恩はあった。祖母は家族や地元で聖人のように言われているので、このまま祖母が死ねば本当に神話化してしまいそうだったから超える必要があった。
・IT会社、インターネットの収入で生活していたので地元パフォーマンスと実家アドバンテージを活かして地元に根付くことにメリットを感じたから。流動性の高い職種であれば同じ場所での縛りも少なくダブルワーク可能だと感じたから。
・TPPが締結されたから。国民皆保険制度が壊され、非正規雇用を増やして格差を拡大される流れが確定したので、いつでも辞めて転職できるライセンス(資格)が生き残るために必要だと感じたから。医療を受ける側ではなく与える側に回ればいいと考えたから。
・看護学生中、祖母が高齢者施設に入ってからは自分の意志になっていた。役割が自分に移った気がしたから。


良く言えば立ち向かっているような、悪く言えば逃げているのような、人生は紆余曲折でどこに向かっているのか分からなくなる時があります。

自分の意志でなくても、そちらに行かざるを得ない事態に遭遇することもあります。

ただそれでも自分の人生として、羅針盤を自分で決め、自分で船の舵(かじ)を握り、歩んでいくことが大切です。