私は病院で看護師として就労する前は、接客や物流の現場で働いてきました。

それぞれ10年やった中で、物流では工場監督長になり、接客では日本一として表彰され模範ビデオに採用されました。

ただこれらの現場にいて、タダ働きで休日もなく、1日8時間労働とプラス就労前後の各4時間労働。
毎日16時間の労働で30代から給料をバイト並に下げられていく現状。
売上が足らなければ給料から引かれ、万引きを実費で補い、他店に強盗にまで入ってお金を盗んで逮捕される、机に足を上げタバコをふかしながら漫画を読んでいる上司が社員に対して怠けていると髪をつかみロッカーにガンガンに頭をぶつけさせる、人を呼ぶときは中指を立てゴミ箱を投げつけてくる・・そんなパワハラとブラックで辛辣な現場を知って医療職へと転職しました。

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当初の読みとしては、医療では「カネのため」ではなく、表向きにも「人のため」という集団の大きな前提があるので、少なくても多数派は「人間を人間として扱う」ことは分かるだろう。
「カネもらえるから自分は怠けててもいいや」と業務を逆回転させて足を引っ張るようなことは少ないだろう。

これらの読みはおおむね当たっていました。

あくまで「マシ」というレベルですが、接客や物流や営業よりは人間的にマシな人たちがいると思います。

人間的にマシ、というのは「自分以外にも思考する人間がいるんだよ。自分が嫌なことは他人にしないようにしようね。」ということが分かるということ。
幼児期の「自己中心性」を卒業できていることです。
客観的に自分が見られるということです。

比較的には自己中な人は少ないと感じます。

ただ大きな誤算があったとすれば「コミュニケーション能力」です。

何をやっていいか分からない状態で「手持ち無沙汰」の人に、「何もやっていない」「怠けている」と言ったり、一部がダメだと「全部ダメだ」と部分否定から全否定までごっちゃにしている。

語彙力の足りなさ。

そしてなによりも「ケガレのドッジボール」をしているのです。


看護師になって嫌だったことといえば、この「ケガレのドッジボール」です。

医療福祉の現場では、ケガレのドッジボールをしているのです。

「ケガレ」とは日本人が古来よりもつ「理由のない悪いもの」です。

天災など災害、不作で飢饉などが続くと理不尽な出来事に理由を求めて、「誰かのせいだ」とやります。

その誰かが「ケガレ」だからそれを除去すれば平和になると考えます。

そこで誰かを「人柱(ひとばしら)」として、ケガレの代表として生贄(いけにえ)に捧げて「これで天災・厄災が治まってください」とやるのです。

これを医療や福祉の現場では未だにやっています。

他人を貶めるために血眼になっています。

例えば、医師の手術が失敗したとします。

血眼になって看護師のせいにするのが上司の仕事になっています。

バタフライ効果のような超絶な話をでっちあげて、悪人を作り出してその人のせいにします。

ケガレで狙われるのは、逆らわなさそうで大人しくて真面目な人なのです。

例えばこのような感じです。

→看護師のAさんはさっきすれ違った時の挨拶の声が小さかった
→だから医師は手術に失敗した
→そもそもAさんは手術に入ってもいない。否定したり、なぜそうなるか問いただそうとするものなら
→患者を裏切るのか!
→やはりこいつは悪人だ!
→そうだ!そうだ!

・・と全員でやっているのです。

ケガレのボールを避けなさそうで、キャッチもできなさそうな大人しくて真面目な人に当てて、「お前が生贄になって死んどけ」とやっています。

こうやって誰かをアウトにして陥れたら「あ~よかった!私は潔白のクリーンだ!私はなんて良い人なんでしょう!」とやっているのです。

オセロを白くするのではなく、白の自分以外を黒くひっくり返すことを続けています。

そんなことをすれば、いずれは周りが敵に囲まれるのに、いずれは一人になるのに。

予想以上に頭が悪すぎるのです。



医療職でありながら統合失調症並の妄想を見て、他人を陥れています。

実習時のSOAPはどうしたのか、Aのアセスメントはどうしたのか。

看護師の記録を残しながら、教育の現場としては全く応用できていないのには驚いてしまいました。

まず見たままの事実を書けていない。見たままの事実を見ていないのです。

仮に事実を書いたとしても全く異なるアセスメントをしているのです。

知識の有る無しではなく、感情を優先してしまう人間を年功序列で崇めてしまっていること。

他人を否定すればすごい、という段階なので、はいと言えばふざけんなで、いいえと言えばふざけんなで、会話にならないこと。

会話ができる段階に脳の発達が達していなかったこと。




ただ接客や物流や営業と違って、業務を前に進めようとする大きな動きだけはあります。
小問題も、より大きな問題と忙しさの前ではかき消されます。

暇になるとすぐ他人を陥れようとする現場なのは、医療福祉の現場でも共通です。

医療ゆえにリスクはあるので、問題が有ると言い出せば限りなくリスクを掘り下げられるので悪人を作りやすいです。

例えば、銃で撃たれた事件と、核ミサイルが落ちた事件があったら、後者の方が問題になります。

なにもないと必死に誰か銃で撃たれないかな、核ミサイル落ちないかなと必死に望んでいるのが医療現場です。

そして、なにもないと、お前、核ミサイル落とそうとしているだろ!と言いにかかってケガレを作り出す誰かがいます。