クリティカル・シンキングや懐疑的を「否定すること」と勘違いする人々

resize0678

「批評家は提案しない」格言です。

何でも否定し続ける人に「では提案は?」と聞いても何も答えられないのです。

答えたところで「人類が滅べばいい」とか「それを考えろ」とか、「建設的な提案を持たない」のも特徴です。

スポンサーリンク

クリティカル・シンキングとは

何でも否定する人がその態度に箔をつけるための根拠に「クリティカル・シンキング」や「懐疑的(立場・態度)」を挙げることがあります。

両方とも「否定すること」を肯定しているわけではありません。

クリティカル・シンキングとは「批判的思考」と訳されます。

このせいで「なんでも否定すればいいんだろ」「なんでも非難すればいいんだろ」「なんでも誹謗中傷すればいいんだろ」と捉えている人が多すぎて困ります。

違います。批判的とは「批」して「判断」するのです。

つまり批判とは情報を分析、吟味して「取り入れること」を指し、客観的把握をすることが基本です。

懐疑的とは

「懐疑的(立場・態度)」もそうです。

「科学とは懐疑的立場で・・」とよく聞きますが、懐疑的立場とは人間不信とは違います。

「全て未知のものは全否定せよ!疑似科学というレッテルを貼り弾圧せよ!」という意味ではないのです。

それは人間不信どころか、かつての中国共産党の文化大革命、世界最多の虐殺の歴史、唯物論の科学的共産主義そのままです。

その「科学以外は弾圧」という「根拠のなさ」から、のちに「科学教」という宗教とも言われることになりました。

「懐疑的」とは「肯定」も「否定」も、「未知」も「既知」も吟味して「取り入れて」客観的把握をするという立場・態度です。

物事の意味・価値、また自他の存在や見解などについて疑いを持つことです。

人間不信になって全てを全否定して粛清するという意味ではありません。

「クリティカル・シンキングが重要だ」を取り間違えて、単なる否定だけの批判家がたくさん量産されてしまった。

「科学では懐疑的な態度が重要だ」を取り間違えて、単なる否定だけの批判家がたくさん量産されてしまった。

批評家はいつでも提案できません。

評論家なら肯定・否定両方できます。

この差は大きいです。

スポンサーリンク

記事を書いた人



時田憲一(ときたけんいち)こと時ニール(tokeyneale)です(・ω・)ノ
とある国立大学の教育学部/心理発達科学。心理学者・認定カウンセラー。動機付け理論・自己愛・対人関係が主な研究領域。数理統計データサイエンティスト。
ねこ好き・本好き・禅好き・PC好き。

時田憲一がこっそり教えるメルマガ(トキマガ)

【無料】心理カウンセラー時田がこっそり教える自由になれる話
は必須項目です
    メールアドレス

      
※迷惑メールアドレスに届いている場合もございます。ご確認ください。

※ご入力頂きましたメールアドレスは、私(時田憲一)の独自メルマガ(ステップメール/自動メルマガ)に仮登録(代理登録)及び
私の「心理カウンセラーがこっそり教えるビジネス心理学」に約一週間後に仮登録(代理登録)されます。 (まぐまぐからの発行メールマガジンID:0001615461)メルマガがご不要な場合は
http://www.mag2.com/m/0001615461.html
及びメールの解除アドレスによりいつでも解除することが可能です。

なお、まぐまぐ公式メルマガには登録されませんので、ご安心下さい。

関連記事

コメントを残す

サブコンテンツ

人気記事ランキング

このページの先頭へ